卒論に追われる4年生の迷走録

進路について迷走気味、とはいえなんとか無事に進路が決まった地方旧帝理系大学生です。なんやかんや4年になってました。院試勉強、水泳、バイト、部活、その他諸々、興味があることについて幅広く書いていきます

バレンタインって命日なんですよ、知ってました?

 今日はバレンタインでしたね、って日付変わってるし。まぁ筆者はお付き合いしている特定の異性はいない上に、そもそも異性の友人も少ない故、これと言って大きなイベントと言うわけではありませんでした、悲しいことに。研究室でカップケーキもらったのと、バイト先で生徒からもらったくらいですね。

 

 それで学食で留学生と同期の男4人で晩ごはん食べてたわけなんですが、色恋沙汰が大好きな中国人留学生が、

留学生:「バレンタインの由来知ってるか?」

筆者:「どうせバレンタインさんって人がいたんじゃないん?その程度しか知らんよ?」

留学生:「英語で説明するのめんどいからググってみ」

というので、ググりました。

※筆者は中国語喋れませんし、彼も日本語喋れないので、普段英語で意思疎通を図っています。

それではバレンタインの由来とやらを簡単に説明しましょう。

 

 かつてローマ帝国には2月15日から豊年を祈願するキリスト教的イベントがありました。当時若い男性たちと女性たちは生活において接点が限られていました。祭りの前日、女性たちは紙に自分の名前を書いた札を、決められた桶の中にいれました。翌日、男性たちはその桶から札を1枚ひいて、ひいた名前の女性と、祭りの間パートナーとして一緒にいることとなっていました。そして多くの男女たちはそのまま恋に落ち結ばれるのでした。

 ところが、時のローマ帝国皇帝は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止してしまいました。キリスト教の司祭だったバレンタインは、結婚を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、彼らのために内緒で結婚式を行っていました。しかしその噂が皇帝の耳に入り、怒った皇帝はそのような行為をしないようバレンタインに警告するも、彼は皇帝に歯向かい続けたため、最終的に彼は処刑されてしまいました。彼の処刑は、あえて例の祭の前日である2月14日に行われたそうです。

 

このような背景で、キリスト教徒にとって2月14日は恋人たちの祭日となったようです。

 

「実際くじで引いた相手が全然タイプじゃないってこともあるだろうに…」

とかそう言うツッコミは置いといて、、、ローマ時代から、野外活動の肝試し的な方法でカップルを決めるようなことしてたんですね。エンジョイしてんなぁローマ人。

イタリア男の気質は当時から変わらないんですかね?(←偏見?)

 

 それにしてもバレンタインさんがいたことは正解でしたけど、まさか処刑されてたとは。われわれ人の命日にキャッキャしてたんですね、まぁバレンタインさんはまさに恋人たちにとっては救世主だったわけですが。

 

で、なんでチョコあげたりするようになったかについては書いてありませんでした。また別の話になるみたいですね。

そもそもローマ帝国時代にチョコレートあったんですか?ヨーロッパでカカオとれないですしね、たぶんないですよね。詳しい人いたらぜひ教えてください。

なんなら今度自分で調べてみますかね。そしてバレンタインの起源も知らないではしゃいでいる人々にドヤ顔で語ってやろうと思います。

 

 どうですかね、こういった背景知ってる人が増えてくると来年からはバレンタインがちょっと大人しめな感じになったりするんですかね?いや別に例年通り執り行われて全く問題ありませんけど。来年は久々に本命チョコもらいたいもんです。

 

※ちなみに筆者はミルクチョコとホワイトチョコが苦手です。(誰も訊いてないですねはい)